「障害のある先生」の働き方をどうサポートするのか(その2)

 本年6月、秋田県人事委員会に異動の取り消しと交通費の負担を求めて「不服審査請求」を提出した三戸学さんは、脳性麻痺のために車椅子を使用する中学校の教員です。教員歴19年目。担当教科は数学。前号でもお伝えしたように、8月8日に秋田県教育委員会による答弁書が出されました。それを受けて三戸さんは、代理人・清水建夫弁護士を通して、9月11日付けで反論書を提出しています。このひと月の間で事態は進展しており、三戸さんの側は争う姿勢を鮮明にしています。

 今号ではここまでの経緯について、少し詳しく見ていこうと考えました。不服審査請求に対する秋田県教委の答弁書がどのような内容だったか。それに対する三戸さん側の反論書がどんな異議申し立てとなっているか、深堀りしてみようというのが今回の当初のプランでした。双方のやり取りの内容に立ち入ることになるわけですから、三戸さんに確認を取ると、了解した旨と合わせ、県教育委にはぜひ取材をしてほしいという要望が再度届けられました。わたしは次の3点を質問事項として用意し、電話を入れました。対応をお願いしたのは、内々示のときから話し合いを続けてきた秋田県教育庁中央教育事務所長の稲田修氏です。

・三戸学教諭より、人事委員会に審査請求が出されてからここまでの経緯について教育委員会からのコメントをいただけないか。

・8月2日付で提出された県教委の答弁書の内容について確認させて得いただきたい点があること(ここは具体的な内容になっているのですが、後述する理由のため、現段階ではこのような書き方しかできなくなっています)。

・「障害のある先生」の働く環境とそのサポートについて、全国的にも注目されているテーマとなっているが、教育委員会としてどのようなかたちでの解決を望んでいるか。

 この3点です。やはり、現段階では書面を通してやり取りを続けている最中であり、これから人事委員会が示す決定を待っているところでもあるので、これに対するコメントは控えたいというのが回答でした。答弁書の作成に直接タッチしているのは県教育委員会義務教育課管理班という部署であり、内容等についての質問はそちらに尋ねてほしいということでした。そこで義務教育課に連絡を入れ、同様の質問をしてみました。やはり現段階での回答は難しい、答弁書等の内容についても、審査継続中であり、三戸教諭の反論書を吟味検討し、再答弁書を作成中のところであるため、この段階でその内容が外に出ることは控えてほしいという答えでした。半ば予想されたことではありますが、内容の詳細についての報告は時期尚早ということになりました。ただし1点だけ、これは記事にしてもかまわないという情報が、稲田氏よりよりありました。

 それは次のようなものでした。
 10月1日付で、教員及び学校職員にあって身体の障害ゆえに自力での通勤が難しいと認められ、公共交通機関の利用ができないあるいは困
難である場合、タクシーおよびハイヤーを利用しての通勤を認めることを内規を変更し、県教育委員会独自の判断で予算化し、決定したものである。その旨を市町村教育委員会に通達した。三戸教諭だけではなく、該当する県内の教職員のタクシー利用が可能となった。三戸教諭も10月1日よりタクシーを利用して通勤している。これはおそらく全国で初めてのことで、どこにも例がないものだと思う。――そのような話しでした。

 三戸さんからも、この点についての連絡がありました。清水建夫弁護士からは、「一歩前進である点は評価したい。今後の進展を注目していきたい」というコメントがありました。三戸さんはこの決定を評価しつつも、いろいろと考えるところがあるようです。それがどんなものかは今後の進展に影響を与えるでしょうから、ここでは触れないでおきましょう。わたし個人の感想を述べるならば、前例がなく、ルール策定と同時進行でこうした決断を秋田県教育委員会が下したことは、やはり英断と言ってよいものではないかと感じました。もちろん、これが最終ゴールではありません。「障害のある先生」たちの働く環境をどう整備していくか。課題はまだまだあるだろうと思います。

 公立学校の教職員は、福利厚生において恵まれている職業の一つだと思います。わたしも教員時代、遠慮なく有給休暇を活用させてもらいました。子どもを病院に連れていってから出勤したいので午前中2時間年休とか、熱が出たという連絡が保育園から入ったので早退したいから午後2時間年休とか、同僚職員への負担を危惧しつつもフル活用させてもらったと言っていいくらいです。

 あるとき先輩教員にさりげなく言われました。「あなたたちが当たり前のように使っているその有給休暇は、昔の先輩たちが闘って、ひとつずつ勝ち取ってきたものなんです。覚えておいてほしい」。たしかにその通りです。小学校教員をしていたわたしの母親は、生まれてまだ1年にも満たないわたしを預かってくれるおばさんを学校のすぐそばに見つけ(今に言うベビーシッターですね)、休み時間のたびに駆けつけてきては授乳をし、また戻って授業をしていたといいます。65年も昔の話です。まだ産後休暇とか育児休暇といった制度が不十分だった時代のことであり、女性の先生たちはそうやって仕事を続けてきたわけです。それが少しずつ認められてきた。そんな歴史が間違いなくあります。

 そしていま、「障害のある先生」たちの労働環境をどう整えていくか、新しい福利厚生の在り方をどうつくっていくか。三戸さんは通勤方法とそのサポート、という課題としてわたしたちの前に示しているわけですが、それ以外にも新たな課題は出てくるでしょうし、法的な整備や見直しもますます求められていくはずです。新たな歴史を作る時代に入ったわけです。三戸さんは「まだまだ」と感じていることでしょうが、「まずは一歩前進」という清水弁護士のコメントに感慨深いものを感じたことは、正直に記しておきましょう。

 話題を変え、三戸さんの話に少し耳を傾けてみます。教員という職業をどう考えているだろうか。最初にそんな問いを発してみました。

「教師という職業は素晴らしい職業だし、教師にしか味わえない感動がたくさんあります。とてもやりがいのある仕事だと思います。教師は人を育てる職業であって、そこに仕事としての充実感や達成感を感じます。これほど魅力的な職業ですから、多くの若い人たちに果敢に挑戦してほしいと思います」
 
 自分が教えた子どもたちに街でときどき会い、「先生」と声をかけてもらうことがある。教え子の成長を目の当りにする。そんなときは素直に「うれしい」と感じるし、自分の方も勇気づけられる、と三戸さんはいいます。
 
「教え子からパワーをもらい、自分ももっと頑張らないといけないと刺激を受けますね。生徒には、私自身が挑戦していく姿を見てもらい、そのことで何かを伝えていくことはわたし自身にとって大事なことだと思っています。不服審査請求するときも、一人の人間として、一人の社会人として、一人の障害者として、堂々と主張していくことが大切だし、生徒にもわたしの生き方として伝えていきたいと感じていました。生徒たちにも、自分の考えを主張していける人間になってほしいというのはわたしの願いでもあります」

 
 一人の教師として、障害があるとかないとか、必要以上にこだわる必要はないとは思いつつ、もう少し尋ねてみました。三戸さんは、目指す教師像や障害観を熱く語ってくれました。つづきは次号で。

教職課程 2019年 12 月号 [雑誌]
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