(第24回)「障害のある先生」への合理的配慮・再考


テレビや新聞、そしてSNSでは、新型コロナに関連するニュースが溢れ返っています。東京、大阪、沖縄を中心に増加を続ける感染者数が毎日報じられ、出口は一向に見えません。重症者数や死者数が少ないというデータから、ここまで大騒ぎするような事態なのか、と疑問視する声も一部では報じられ始めています。また一方で、国は、何を、どうしようとしているのかがまったく見えない、そのことが国民の不安を大きくしている最大の原因だ、と不作為が厳しく非難されてもいます。

こんななかで、子どもたちの教育がこれからどうなっていくのでしょうか。学校現場では、学びの機会をどう確保するか、苦慮を重ねながら試行錯誤をしていると報じられます。また、教員の採用試験をめぐっても、わたしなどには想像のつかない〝想定外〟の事態に直面するかもしれません。教育実習がどんなふうにして行われるのか。学習指導案ひとつ書くのでも、微妙に変わってくるのではないか。そうしたあれこれが、わたしにははかり難いところがあります。

このコーナーではこれまで、学習指導要領の改訂と教育改革の問題、ITと学力の問題、忙しすぎる学校現場、働き方改革について、千葉県野田市での小4女児の死亡事件、障害のある先生と働き方支援について、といったテーマを取り上げてきました。
今回は改めて、「障害のある先生」をめぐる問題について考えてみたいと思います。

「車椅子の先生」、三戸学さんとの出会い

登場していただくのは、秋田県の中学校で数学の教師を務める三戸学さん。今年で20年目になるベテランです。三戸さんには先天性の脳性麻痺があり、車椅子を移動手段としています。わたしが三戸さんを知るきっかけとなったのは、2019年6月18日付の一つの新聞記事でした。

昨年(2019年)4月、三戸さんは現在の勤務校へ異動を命じられました。ところが、学校の近隣にはバリアフリー仕様の住居がありませんでした。自宅から通勤するためには、タクシー利用を余儀なくされます。往復で4,200円となり、一部しか通勤手当の対象とはなりません。そこで秋田県教育委員会(県教委)と学校は、同僚教員(主に教頭)の送迎ボランティアによる通勤を「提案」します。

ところが三戸さんは納得せず、異動の取り消しと交通費の支給を求めて、県の人事委員会に不服審査請求を出します。「障害者が不安なく働くことのできる環境を整えてほしい」というのが、三戸さんの訴えでした。記事を見た後、すぐに三戸さんにコンタクトを取り、この間、三戸さんの詳しい主張とその後の事実経過を追いかけてきました。

昨年8月、わたしは三戸さんの自宅に伺いました。そこで三戸さんは次のように述べていました。審査請求を訴えたときは、交通費の全額支給を認めてもらうことが重要な争点だった。しかしその後、れいわ新選組の木村英子さんと舩後靖彦さんという重度の障害をもつ両議員の登場によって、状況は大きく変わった。もはや自分(三戸さん)個人の問題である以上に、「障害のある教員」に対してどう公的に支援していくのか
という方向に問題がシフトし、全国的な関心を呼んでいる。――おおむね、こんなことを語っていました。

8月8日、県教委は、三戸さんの訴えに対して全面否認の答弁書を提出します。そして9月12日、三戸さんはそれに対する反論書を出しました。すると県教委は10月1日付で、次のような通達を県内の公立学校に出します。

市町村立学校職員にあって日常的に車椅子を利用しており、自力での通勤が難しい、公共交通機関の利用ができないなどの事実が認められた場合、タクシーを利用しての通勤を認める。そして55,000円を上限とする通勤費の支給を決定したというものでした。これで三戸さんの自己負担額は、大きく緩和されることになりました。三戸さんの代理人である清水建夫弁護士からは、「一歩前進である点は評価したい。今後の進展を注目していきたい」というコメントがありました。そして2020年8月3日に、口頭審理が公開で行われることが決定します。
 以上がこの間の経緯でした。

どんな口頭審理だったか――異動について

公開口頭審理が行われた8月3日、わたしは傍聴する予定でした。しかしこのコロナ禍のさなかに、「goto トラベル」などという信じがたいキャンペーンが強行された結果、全国で感染者数が激増しました。地方は、東京圏からの移動に対してとても神経質になっています。秋田の実家や友人たちに連絡を入れてみると、「帰省は控えたほうがいい」と明言され、傍聴はあきらめました。そこで8月5日、三戸さんにオンラインでの取材をお願いしました。以下はそのときの三戸さんの報告をわたし(佐藤)がまとめたものになります。

公開審理の当日、傍聴者は三戸さんの元同僚、福祉関係者、知人など秋田県在住の5名だったといいます。メディア関係では秋田さきがけ新報、共同通信、NHK秋田支局、AKTテレビ、読売新聞、河北新報など、県内の主要メディアのほとんどが顔を見せていました。やはり「働く障害者の支援や権利擁護」という三戸さんの訴えは、確実に広がりを見せているようです。

開始は1時半。答弁に応じたのは中央教育事務所の稲田修所長。稲田所長は、三戸さんの異動に当初からかかわってきた方でした。最初は清水建夫弁護士によって証人尋問がおこなわれ、次に処分者側(県教委)の主任代理人による反対尋問がありました。三戸さんも直接尋ねたかったことがあるというので、質問が認められました。三戸さんによれば、ほかにも証人申請を行っていたのですが、認められたのは稲田証人一人だけだったということでした。

最初の質問は異動の内示に関することでした。通常は1回の話し合いで決定するのですが、三戸さんの場合は1月に内々示がもたれ、2回目の2月18日に次の勤務校が内示として伝えられました。稲田所長はやや長めに準備期間を取ったといいます。清水弁護士が「1か月半の期間をとったことで、準備は十分に整いましたか」と尋ねると、稲田所長は「しっかりとは整っていなかった」と答えたといいます。

ここでの「準備」というのは、三戸さんの通勤方法についてです。三戸さんは通勤の方法がどうなるのか、納得できる説明を求めていました。「異動を拒むものではない、納得のいく通勤方法が示されないことには、応じたくても応じられない」、というのが三戸さんの主張でした。しかし2月の内示の時点では示されず、3月28日になって初めて、校長・教頭がボランティアで送迎する旨が伝えられました。

「稲田所長は、通勤に関する準備が整っていないことをはっきりと認めました。わたしのほうはびっくりしました」と、三戸さんは述べました。

8月8日の県教委による「答弁書」を見てみると、通勤方法に関しては県教委と校長・教頭が協議し、三戸さんと話し合いを重ね、双方で最善の結果を探っていった結果の判断である、三戸さん側も「同意した内容」であると、明記されています。三戸さんは同意してはおらず、この見解は対立しています。答弁書で示されている見解と稲田所長がここで述べた発言内容とは、若干の(しかし大きな)違いがあり、三戸さんの驚きはここに起因しています。

清水弁護士はさらに尋ねました。「通勤方法が整っていなかったのに、なぜ異動を命じたのですか。異動を命じる理由が何かあったのですか」。すると稲田所長からは「異動の命じる内容は学校管理者である町の教育委員会と、任命権者である県教育委員会の方針によって決めるものですから、この場でお答えすることはできません」という答えが返ってきました。

清水弁護士は続けて尋ねました。「異動の理由は0、前任中学校で校舎の改修工事が始まる。そのために三戸さんには不便をかけるから、ということで異動の対象になったのではないですか」。稲田所長が、「それも理由の一つであるけれど、それがすべてではない」と答えたので「他に何があるのですか」と重ねて訊いたところ、「それは先ほどと同じ理由で、この場ではお答えできません」と答え、次のように言ったといいます。「県の教育委員会の異動の方針は、中学校の場合は教科で地域間との調整をはかるということなので、三戸さんの場合も理由の一つはこれに該当すると受け止めています」

清水弁護士が次に「三戸教諭は20年間で6度異動し、5回の引越しをしている。こういう異動は、秋田県ではどれくらいの人がやっているんですか」と尋ねると、稲田所長は「とてもレアケースです」と答えました。「レアケースだということですが、どうしてそのレアなことを、障害をもっている人間がやらないといけないのですか」と、清水弁護士が尋ねたところ、「先ほどと同じ理由で、異動は市町村教育委員会と県教委の方針に基づくものであり、この場では答えられない。中学校の場合、教科と地域間の調整なので、それで三戸教諭は異動の対象になっていると受け止めている」と、稲田所長は答えました。

三戸さんは言います。「稲田所長の、レアケースだという答えを聞いて、わたしはびっくりしました。そして複雑な気持ちになりました」。先ほどの「答弁書」を見ると、平成31年度の人事異動実施要項に、「配置換は原則として同一校3年以上の者」とあり、三戸さんはすでに3年間勤務しており、三戸さん側が主張するような「例外的なものではない」と書かれています。齟齬はないのですが、あきらかにニュアンスが異なっています。

次は通勤費の負担額の話になります。「交通費として55,000円支給されるようになりました。しかしそれでも、月額平均で26,000円から28、000円の自己負担があります。この負担額は高いと思いますか」と、清水弁護士が聞いたところ、稲田所長は「高いと思う」と答えたといいます。やはり三戸さんは「これにもびっくりした」ということでした。

「教頭の送迎は出張扱いの公務だった」

三戸さんは、清水弁護士の後に質問に立ちました。
2月18日から1か月半の準備期間があったが、記録によると、一度も同僚の送迎を通勤方法として考えていると言っておらず、初めて伝え聞いたのが3月28日だった。「そのとき突然、4月から同僚の送迎で通勤してもらいたいと言われたのですが、どうして事前に相談してくれなかったのですか」と尋ねたところ、稲田所長は「それに対しては素直に謝ります」と答えたといいます。

三戸さんは重ねて聞きました。「事前に相談してもらえれば、乗れる車種や乗りにくい車種、乗り降りのときにどんな介護が必要か、といった具体的なことも検討できました。万が一事故が起きた場合の補償も、しっかりと考えることができたのではないですか」。この尋問で稲田所長は次の事実を明かしたといいます。

「補償に関しては、6月の下旬から校長が教頭に職務命令をかけて、公務として教頭が送迎に当たっていたというのです。事故のことを考えて公務にし、手当も支給されていた」

この事実は、三戸さんには伝えられていませんでした。「初めて知る事実がここで出てきたわけで、わたしは動揺しました」

三戸さんは強い不信感をもち、公開審理翌日の4日、職場に行って教頭に確認したといいます。

「審査請求でこんな話が出ましたけど、ほんとなんですかと聞くと、教頭は本当だと言いました。いつからもらっていたんですかと聞くと、公務になった6月21日からもらっていたといいます。何の手当ですかと聞くと、出張手当だと答えました。毎日学校からわたしの自宅まで出張教職課程 2020年10月号 (今日から始める! 教員採用試験スタートガイド)
教職課程 2020年10月号 (今日から始める! 教員採用試験スタートガイド)していたというわけです。でも、出張扱いにできるんだろうか」

教頭は、出張扱いであれば、事故があったときにも補償できる。「あなたのことを考えての対応です」と話したといいます。三戸さんが「なんで教えてくれなかったのですか」と聞くと、次のように答えています。

「県の教育委員会からは、直接本人に教える内容ではないので教えなくてもいい、そう言われた、と教頭はいうのです。さすがに昨日(4日)は落ち込みました。わたしはずっと教頭のボランティアだと思っていたので、申しわけないなあ、他にもたくさん仕事があるのに、大変だろうなあと思っていました。でも送迎していた半年間のうちの半分を、公務としてお金をもらってやっていたわけです。これはショックでした」
三戸さんは、公務ということであれば自分の考えも違ってくる、と言います。ボランティアだというのでは合理的配慮には当たらない、適切な合理的配慮をしてほしいと主張してきた、しかし教頭の送迎を公務としたということは、自分への合理的配慮にあたると言い、次のように述べました。

「合理的配慮であるならば、本人がそれを知らないということはあり得ないと思うのです。本人の知らないところで周りが合理的配慮をしている、本人はそれを厚意によるボランティアだと受け止めて感謝している、なんていうことは基本的にあり得ない。本人に伝えるべきだったと思います」

なぜ県教委が三戸さんには伝えなくともよいという判断をしたのか、理解に苦しみますが、「合理的配慮」は「障害者基本法」の第4条に、社会的障壁の除去に関してその実施が定められています。2016年に改正された「障害者雇用促進法」でも、障害者の職務が円滑に遂行できるよう環境整備、支援人員の配置が「合理的配慮」として雇用主に義務付けられています。確認のために繰り返しますが、これは善意や厚意などといったものではなく、努力目標でもなく、はたして当然の「義務」です。

わたしは三戸さんに尋ねてみました。ここまで稲田所長は、譲歩したとも受け取れる発言をしていたと感じたけれども、今後の異動にあたって改善していく意思はあるのかどうか、その点についてはどういう手ごたえでしたか。

「事前に意思確認を丁寧におこない、通勤に関する整備はおこなっていきたい、とそういうことは感じられる答えだと思いました」

三戸さんは、口頭審理を終えた後、そこから受け止めた課題を次のようにまとめました。
・同僚に障害のある教員の通勤支援をするよう、校長が職務命令を出せるのか。
・教頭という管理職であれば、校長は職命令を出せるのか。
・毎日の、職員の通勤送迎費用は出張手当として出せるのか。
・働く障害者の支援に、支援する者を配置するのではなく、同僚に職命令を出してして支援体制を作ることの是非。同僚にとって新たな負担になるだけではないか。

公共交通機関のとぼしい地方にあって、「障害のある先生」がどのような通勤方法を選ばなくてはならないかは、共通する重要課題だろうと思います。三戸さんのここでの「まとめ」は、通勤方法と合理的配慮をめぐって、実務のレベルから問題点を取り出したものと言えるでしょう。
三戸さんは最後に次のように心境を述べました。

「2020年4月から、各地方公共団体で障害者活躍推進計画が作成されました。障害のある教職員も活躍して働くことを求められるようになりました。わたしは、そのための合理的配慮のあり方を問いたいと考えています。単に働くのでなく、活躍しながら働いていきたいのです」

好意的に見るならば、秋田県教委の一連の対応は、まったく前例がないなかで少しでも三戸さんの要望に応えようとしたものだと言えなくもありません。しかし合理的配慮という義務事項についての認識が十分だったのかどうか、今後の課題として残されたように思えます。「活躍しながら」という言葉に込められた三戸さんの思いを、うまく伝えることができたでしょうか。20年間、一人で噛みしめてきた様々な思いが、そこには込められているようにわたしには感じられます。


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