書評 下山 進『アルツハイマー征服』(角川書店)

 評者が全国の高齢者医療とケアの現場を回り始めたのは、二〇〇〇年代の初めだった。当時医師たちは、アルツハイマーの治療薬は十年もすればできるだろう、と大いなる希望を語ってくれた。一〇年代が近づくと、まただめだった、根治薬など無理なのではないか、悲嘆を込めてそう語るようになっていた。

評者は二〇年代の手前で取材を終えたのだが、その時には「治療薬は不可能」というイメージが根を下ろしていた。老化が不可避である限り、アルツハイマーの根治薬は不可能である、それは老化そのものなのだから。しかし本書はその認識を一掃してくれた。少なくとも「不可能」という一語は封印してよいと思えた。

アルツハイマー病は脳内にアミロイドβという蛋白質が蓄積し、脳の神経細胞を死滅させることで引き起こされる。脳は委縮し、認知、記憶、運動などの機能が障害され、やがては人格にも異変をきたす。なぜそうなるのか。どうすれば防ぐことができるのか。

一九八〇年代、遺伝子工学の急速な進展によって一気に研究が加速する。九〇年代になると病変遺伝子が発見され、幾つかの仮説が生まれる。進行を抑制するアリセプトが開発され、脳の病変にダイレクトに作用するワクチン療法も発見された(医師たちが希望を語っていたのはこの頃だろう)。

しかし以降、研究の挫折が続いていく。創薬のためには三段階の治験を経なくてはならないが、そのどこかで、有意性が得られない、副作用が生じるなど研究を中断するケースが相次いでいく(医師たちが悲嘆を語っていた頃だ)。

科学者たちの仮説の検証をめぐる鍔迫り合い、失敗と挫折が繰り返される実験、「最初の一人」を巡る熾烈な戦い。さらには生き残りを賭けた企業の、時に非情な経営戦略。これらを描く著者の取材は圧倒的である。ここに加わる患者と家族の切なるドラマ。

ラスト。著者は、未来のために挑戦は続くのだと書いて本書を終える。評者が「不可能」を封印したのはこのメッセージの力強さの故であった。

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アルツハイマー征服 [ 下山 進 ] - 楽天ブックス書評 下山 進『アルツハイマー征服』(角川書店)東京新聞 ‘21、2,20   
「もう1冊」
新井平伊『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文春新書)


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