緊急特集「2014年夏 佐世保で何が起こったのか」より 「少年事件についての引用と私註」から 

立ちのみ「飢餓陣営」41号

「緊急特集 2014年夏 佐世保で何が起こったのか」
                  少年事件、引用と私註 北明哲
(冒頭部分の抜粋)


1.
佐世保での事件の後、赤坂真理の『東京プリズン』を読んでいたら、ストーリーが本格的に駆動し始めたところで主人公の次のような独白にぶつかり、ちょっと驚いた。

  「なぜ面と向かうとあまり話せないのかと考えて、あることを思い出した。/どうして忘れられていたのだろう。/私は母を殺しそうになった。/私が母のもとを後にしたのは、一緒にいると殺すかも知れないと思ったからだ。/アメリカに行った一九八〇年から十八年。今、二〇一〇年からは遡ること十二年。/嘘やたとえ話ではない。本当に殺すと思った。殺すというのはそういうとき、非常に即物的なことで、「殺してやる」という感情なんかはない。実感も、あるとしたら殺した後だろう。人を殺した人が殺すとき実感がなかったと言うと、それを聞いた人は、ありえないという反応をこれでもかとする。でも私にはその感じが少しわかる。」(P131・河出文庫・二〇一四年)

 『東京プリズン』は、敗戦国日本の存在証明を、「私」のそれと重ね合わせるようにして描こうとした作品である。構成やテーマは非常に手が込んでおり、アメリカの地で東京裁判を疑似的に執り行う、という設定が、すでにして米日両国に対する強い批評性を放っている。そこに至り着くきっかけが主人公(マリ)が学校に(つまりは日本国に)生きる場所を失くしたことであり、家族のなかにも居場所を失くしてしまうことであった。それを作家は、引用のように描く。いわば自己と家族の決壊、日本国の崩壊(敗戦)という三者の回復を、同時進行させていくという手法が採られている。回想が複雑に編み込まれ、イメージが氾濫し、決して平易に読める作品ではないのだが、作家の強い意思が最後まで貫かれ、読者をして結末まで引っ張って行く。

 敗戦とともに日本は「女」になった、「女」になってアメリカを迎え入れた、という強烈なメッセージが後に書かれるから、「母を殺しそうになった」という一節は、きわめて象徴的なフレーズである。敗戦国日本は、戦後、アメリカを深く受け入れながらも、しかし一方では深く押し隠しながら殺したいほどアメリカを拒んでいた、という暗喩とも読めるからだ……というように、全編、精神分析の手法によって描かれていくのが特徴である。

 ともあれ、すぐれた作家の想像力の何であるかを、引用は示している。ほんとうは、「ちょっと驚いた」どころか、本を落としそうになるほどの衝撃だった。ただし作家が想像力を駆使することと、頭に取り憑いた妄想を実行に移してしまうこととは、決定的にべつのことだ。言うまでもない。作家の想像力には、ため息とともに感嘆する。しかし、現実でのそれは、ただただやり切れない思いばかりを残す。

 少年の事件に限らないが、裁判の傍聴に通い続け、結審を迎え、判決を聞く。やっと終わったという安堵と疲労に混じって、何とも言えない虚しさや、徒労感、やりきれなさがこみあげてくる。どんな事件も、すっきりと飲み込めるということはない。神戸少年Aの事件を追い、『地獄の季節』(一九九八年・新潮社)を著した高山文彦も、最後に次のように書きつけている。

  「最終審判を終えて、弁護団も声明を出した。少年Aに関することのみしるせば、膨大な回数となったであろう少年Aとの接見や、五回にわたる審判を通じて、結局はなにもわからなかったということが示されているだけである。/〈少年が何故このような事件をひきおこしたのか、どうすればこれをくい止められたかについては、残念ながら確信をもっていえることはありません。(略)しかし、このことは少年に対するご両親の育て方や、学校の指導方法において、特に問題があったことを意味するものではありません〉/わざわざ付け加えられたと しか思えない最後の一文が、審判のむなしさを物語っている。乾いた砂を手でつかむような感触がある。」(「エピローグ」より。単行本p258)

 およそ信じがたい方法で少年が少年の命を奪う。佐世保の加害少女にもいずれ審判が下されるだろうが、どのような裁きであれば私たちは納得するのか。彼らを「裁く」ことで、納得が訪れるのか。「乾いた手で砂をつかむ」ことが、繰り返されるのではないか。何一つ明瞭な答えをもてないまま多くの「事件」に関心を寄せてきたが、それにしても、なぜ、いつから、殺人事件などに首を突っ込むようになったのか。……

                 (立ちのみはここまで。以下は「飢餓陣営」本誌41号をお読みください)

                 ホームページ http://www5e.biglobe.ne.jp/~k-kiga/

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