「障害のある先生」の働き方をどうサポートするか(その1)

〝教育〟はどこに届くのか(第13回)               佐 藤 幹 夫
「障害をもつ先生」の働き方をどうサポートするか(その1)


この6月18日、仙台で発行されている河北新報オンラインの、次のような記事が目に飛び込んできました。先天性脳性まひがある秋田県の中学校教諭三戸学さんが、異動の取り消しや交通費の支給を求めて県の人事委員会に審査請求を行った、というものでした(記事では学校名が記載されていますが、ここでは無記名にします)。今年の4月から異動になった中学校では、管理職の自家用車に同乗させてもらって通勤している。送迎を受けられないときはタクシーになり、往復4200円ほどの料金となる。これは通勤手当の対象にはならない。管理職には申し訳ないし、自分にとっても不本意である。障害者が働くことのできる環境を整えてほしいと訴えている。――そういう内容でした。


教育県秋田がどうしたんだろう。記事を目にした直後はそんなことを思いながらそのまま過ぎたのですが、10日ほどたって急に思い立ち、三戸さんをSNSで探し出して達申請を送ったのです。すぐに承認の返信があったので、いきなりすぎるかと危惧しつつ、是非『教職課程』のこの欄で取り上げさせてほしい旨を伝え、取材依頼を差し上げました。三戸さんからはすぐにOKをいただいたのですが、秋田県教育委員会と自分の顧問弁護士である清水健夫さんにも取材をしてほしい、という要請が入りました。


たしかにその通りです。記事を見て断固応援しなければと決めたものの、審査請求を行ったばかりです。今後の審理にあたって、わたしの拙速な記事が三戸さんに迷惑を及ぼしては元も子もありません。少し考えましたが、取材だけはさせていただこうとスケジュール調整に入りました。三戸さんの住まいは秋田の県北地域。わたしの実家が県南地区。お盆帰省の途中に立ち寄らせてもらうことにしました。


この間、「障害者雇用」をめぐっては様々な問題が出てきていました。例の企業や官公庁での「水増し」問題はその最たるものでしょう。そこで働く人々(いわゆる「健常者」)にあって、「障害者雇用」が数合わせ程度のものとしか受け止められていない現実を、いみじくもあぶり出しました。言い換えれば、「障害」を持つ人々は、同じ働くメンバーの一員としては考えられていなかったということになります。


そんな現状もあってか、「障害をもつ先生」という存在は、これまでほとんど表面化することはありませんでした。迂闊にも、私もまったくノーマークだったのです。さっそくインターネット書店で調べてみると、特別支援教育や発達に遅れのある子の指導についての書籍は、それこそ山のようにヒットします。沖縄のジャーナリスト山城紀子さんの『あきらめない 全盲の英語教師・与座健作の挑戦』(風媒社・2003年)は知っていましたが、それ以外の「障害をもつ先生」について書かれた著書は、『障害のある先生たち』(羽田野真帆他編・生活書院・2018年)が出てきただけでした。ジャーナリズムの目はほとんど向けられず、学術調査も研究も、端緒についたばかりの領域であることが分かりました。

文部科学省のホームページを検索すると「障害のある人が教師等として活躍することを推進する~教育委員会における障害者雇用推進プラン~」というページを見つけました。例の不適切な計上を受けて調査したところ、都道府県教育委員会の雇用状況は他の県関係の機関よりも不十分なものとなっており、その理由は「教師の障害者雇用が進んでいないことが考えられる」としています。実質雇用率は1.90%(法定雇用率:2.4%)で、法定雇用率達成機関(教育委員会)の割合は43.3%にとどまっている。


いわば三戸さんの存在は、「障害をもつ先生」という領域の開拓者・先駆者であり、名前と顔をマスコミに明かし異議申し立てをする、自分の主張するところをまっすぐに訴える、そういう意味でも貴重な存在です。三戸さんと知り合って1カ月ほど後の参議院選挙では、れいわ新選組から車椅子の2名の国会議員が誕生しています。三戸さんの訴えは、これからますます注目を集めていくのではないか。詳しいことは後ほど書きますが、その訴えが、「働く障害者」にあって勤務中は公的支援を受けられないという、れいわの議員の訴えとも同様で、障害を持って働く先生たち全体にとっての死活問題であり、基本的で、とても重要な内容をもつものです。


文科省のホームページでは次のことも謳われていました。


子どもたちにとって、「障害のある教師等が身近にいることは、
① 障害のある人に対する知識が深まる。
② 障害のある児童・生徒にとってのロールモデル〔手本〕となる。
などの教育的効果が期待されるところである。」


と書かれています。まったく同感です。「障害」や「障害者」に対する偏見や不安、心理的なハードルの高さは、知らない、慣れていない、接したことがないなどが最大の要因です。それが解消されれば状況はずいぶんと異なるはずです。このことは一般の先生たちにも当てはまります。特別支援教育が導入されて以降、小中学校で「障害」への理解が深まったかと言えば、どうもそうではないという印象がぬぐえないのです。


また、文科省のホームページには以下のことも書かれています。


「新しい学習指導要領において対話的な学びの実現が求められる中、障害のある教師等との対話は、児童生徒等にとって、共生社会に関する自己の考えを広げ深める重要な教育資源となることも期待される」


 「深い対話による学び」の是非はともかくとして、言われていることには強く賛同します。歩く、走る、話す、聞く、見る、という自分たちが「当たり前」とか「ふつう」と考えていることが、いかに「当たり前」でも「ふつう」でもないことか、たくさんの気づきがあるはずです。「障害をもつ先生」たちが普段、衣服の着脱や入浴、食事などにどんな工夫をしているか、それを知ることはある種の異文化体験ともなるでしょう。人間存在がどれほど多様なものであるか、驚きや感動とともに学んでいく貴重な機会となるはずですし、「共生社会」のなんであるか、生きた知見として理解されるはずです。


 ではなぜ、これまで「障害をもつ先生」たちへの関心が広がらなかったか。働く人の数もごく少数にとどまっていたか。いくつか理由が考えられますが、まず、先生になるためには大学入試から始まって、卒業までどう講義をクリアしていくか。そのあとも教員採用試験、面接といくつかのハードルを越えなくてはなりません。そのときいわゆる「合理的配慮」がどこまでなされているか。


 さらには学校という職場環境に、バリアフリーという発想がまだ希薄であるという課題もあります。エレベーターの有無、段差、電動車いすが移動できるスペースが確保されているか。障害物はないか。職員室の机の周辺もそれなりの空間が必要とされます。改修工事を必要とする場合もあるでしょう。そして受け入れる側の先入観や偏見。先ほども述べたように、教職員に(そして保護者にも)、十分な理解があるかどうか。


バリアを取り除く配慮を「合理的配慮」と呼び、それを求めることは障害者権利条約に定められた権利です。ところが要求を出すことを「特別扱い」とされたり、我が儘な主張だとみなされたりすることが少なくありません(れいわのお二人の登院受け入れの改修工事に対し、一部の議員から、その費用をめぐってクレームや皮肉めいた発言があったことは記憶に新しいところです。国会議員でさえその程度の人権感覚なのです)。発想の転換が受け入れる側にどこまでできるか。


7月13日には、審査請求受理通知書が届き、審査が開始されることになったという連絡が、三戸さんより入りました。三戸さんにお会いするために日程調整をし、清水弁護士とも連絡を取り合いました。そして秋田市中央教育事務所にも電話を入れ、担当者に取材の趣旨を説明し、依頼を申し入れました。残念ながら(当然ではあるのですが)、教育委員会の側としては、審査を開始したところであり、現時点では答えられることはないという解答でした。三戸先生が生徒たちと一生懸命かかわり、がんばっている記事ならばどんどん書いていただきたいとも伝えられました。教育委員会への取材は果たせませんでしたが、こうして夏の真っ盛りのある日、三戸さんのご自宅を訪ねることになったのでした。


三戸さんは教員歴18年。もはやベテランと言っていいキャリアを積んでいます。担当は数学。18年目で6校目の転勤になります。秋田市内の中学校2校に勤務し、県南部の中学校へ。そして県北地区に戻り、そこで2校目。わたしの高校の同期の何名かが秋田県の教員OBです。県教委から中学の校長になった友人に、秋田県の異動のルールや考え方について尋ねてみました。次のような話しでした。


秋田県を県南、中央、県北の三つの管轄に分け、基本的にはそれぞれの管轄内での異動となる。ただし退職するまでに一度は、他の管轄での勤務が暗黙の取り決めとなっている。その時期がいつで、どこに異動するかは教育委員会と本人の相談による。異動希望は出産や育児状況、親の介護など諸般の家族事情は考慮されるが、最終的には教育委員会の判断となる。中学校は3年でワンサイクルと考えられており、3年ごとに異動が繰り返されるケースは必ずしも珍しいものではない。また三戸さんは希望し続けてきましたが、18年間で一度もクラス担任を任されたことがないので、この点を尋ねると、校内人事の決定は校長権限であり、担任の可否については「総合的に判断した」と言われれば、それ以上の反論は難しいだろう。――このような話でした。


三戸さんは異動を拒んではいません。これまでも、学校の近隣にバリアフリーの借家を探し、そこでヘルパー制度を活用しながら一人暮らしをし、通勤にはタクシーを利用してきました。住居手当が満額だと48,000円支給され、交通費はほんのわずか。タクシー代を1カ月2,3万ほど自己負担してきたといいます。そうした条件をクリアしながら、中学校教員としての職務を全うしてきました。ところが平成31年(令和元年)度の人事異動の際、このバランスが崩れます。新任校の近隣に、三戸さんが居住可能なバリアフリー仕様の借家を探しますが、適当な物件がありませんでした。結果、自宅からの通勤を余儀なくされるわけですが、そうすると今度は通勤が問題となります。


教員の異動にあたっては前年度のうちに内示があり、そこで承諾する・しない、調整が必要な場合は調整がなされ転勤校が決定される、という手順が踏まれるのですが、基本的には内示の段階でほぼ決定です。三戸さんは内示の前に内々示があり、転勤校への通勤をめぐる話し合いが繰り返されました。その細かな内容についてはここでは触れません。ポイントだけを書くと、異動は拒まない、ただし通勤方法を明らかにしてほしいというのが三戸さんの言い分でした。しかし通勤方法が明らかにされないまま内示が下されます。


結果的に、新任校の校長と教頭が交代で送迎をするということになるのですが、これは三戸さんにとって本意なものではありませんでした。ガソリン代の出ないボランティアであり、送迎する管理職にとっても負担は大きいし、自分にとっても精神的な負い目となる、納得できる通勤方法ではない、合理的配慮を欠くという訴えが、冒頭の新聞記事にある審査請求という形になります。そこに至るまでは、教職員組合の働きかけや新任校の教職員による話し合いなど、いくつかの細かなプロセスを経るのですが、それは割愛します。


わたしは尋ねました。「三戸さんの訴えは異動の是非と交通費の支給という形になっているが、訴えのポイントは何だろうか」。すると次のような答えが返ってきました。


「審理請求を出した時点では交通費の支給という課題が前面化していましたが、参議院選挙のあと、れいわの二人の議員が訴えている課題が一気に注目されました。いまは私が言っていた2,3万円の交通費であれば自己負担できる、という考え方も淘汰されたと思っています。金額の問題ではなく、働く障害者の通勤に対してどう公的に支援していくのか、そこに問題がシフトしていると思っています」


8月8日、秋田県教育委員会による答弁書が提出されました。内容は「審査請求の趣旨1.異動処分を取り消すこと」は棄却、「同2.タクシー利用による通勤手当の支給」は却下、との裁決を求める、というものでした。それを受けて、三戸さんの側から9月13日まで認否及び反論書を提出する、というのが次の段階だといいます。


教職課程 2019年 11 月号 [雑誌]
教職課程 2019年 11 月号 [雑誌]さて、〝教育〟はどこへ届くのか。共生やインクルーシブ(社会的包摂)をめぐる教育が、新しい時代の教育現場にあってどこまで実質的な力をもてるのか。三戸さんの訴えは、そのことをわたしたちに問いかけているように感じられます。

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